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木の家つくり始めたきっかけ

和秋建津前田です。

日々お客さんと話をして、木の家を提案していますが

今回は私自身、木の家にこだわり、こんな家を建てていきたいと

思ってやろうとしてきたきっかけの話をしたいと思います。

 

机の整理をして 引き出しの奥から20年前に建てた

自分の家の写真が出てきました、当時デジタルカメラという

物もなく建築の写真家さんに一眼レフで撮影してもらった

写真です。

 

今では子供も2人共成人して 就職して 結婚して家を

出ていき今は嫁さんと二人きりで生活していますが

写真を見返すと当時子供たちと家族4人で暮らせる

木の家をつくろうと思い建てた思いがつまった家であると当時の写真を見ると

家に対する思いが、鮮明によみがえってきます。

 

子供は上の子で当時小学生の高学年で下の子は低学年くらいでした。

私の子供の頃は自分の部屋もなく男兄弟3人で一部屋ですごしてきたので

どうしても自分の子供には各自の部屋をつくってやりたいと

強く思ったものでした。(よく考えると親のエゴかもしれませんが)

 

結婚して子供たちが出て行ってからは2階の子供部屋も空いたままなので

少し大きい家を建てたものだと今になっては思ったりもしますが

当時はちょうどこれくらいの家(家族4人延べ45坪の家)が

ベストだと思い建てました

今であれば子供部屋は4畳半あれば十分だと経験からのアドバイスができますが。

当時は大は小を兼ねる考え方も多かったので

 

また当時もプレカットするのが当たり前でしたが

自分の家は大工さんの手刻みでという強い思いを持っていたので

当時はまだ今使っている自然乾燥の紀州材と出会っていなかったので

土台、柱は国産の桧を使い 構造材は米松ですが人工乾燥されていない

目の細かいカスケードという米松を段取りして

建築しました

 

外部にも一部き木を使い 左官の壁で仕上げました

目隠しのためにアクセントで桧の柱を建て

閉鎖的にならないようにし、子供たちと走り回れるように

オープン外構にしました。

電気の線は建物に直接引き込まないようにしてきたのも

自分の家からの始まりです。

 

建てた当時自然素材の家がはやり始めていたので

流行に乗ったわけではありませんが壁には珪藻土を塗り木製建具は

既製品を使わず 製作して設置しました

開放的する為にリビングの上を吹抜けとしました

右に見えていのが大黒柱で棟の棟木まで

伸びています

テーブルも和室の座卓は花梨で

ダイニングテーブルは栃で

リビングのローテーブルは栓の一枚板で製作しました

家の骨組みもそうですが一枚板のテーブルも木の家にはかかせない

アイテムの一つだと私は思っています。

床はその当時まだあまり出回っていなかった竹(バンブー)のフローリングで

仕上げました

自分の思うようにして木の家に家族と住みたいを当時形にした

家になります。

そのこだわって建てたことが以後の木の家にこだわって

やることになってなっていくことになります。

振り返るとやっぱり木の家が大好きだったんだと感じます。

 

 

 

 

 

 

 

代表取締役 前田 純
株式会社和秋建設前田 純(まえだ ひとし)

昭和39年5月29日生まれ

一級建築士
一級施工管理技士
宅地建物取引士

和歌山県和歌山市生まれ

地産地消の考えのもと全国に誇れる資源の紀州材を環境に優しい自然乾燥で大工さんの手刻みにこだわり、家の中の空気がおいしいなと思える家づくりを行っています。

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